アルト的私的雑感②

こんにちは。師走になって、冷え込みも深まって冬の訪れを実感するようになってきましたね。😖

そんな季節の変わり目で、胃腸炎やイボ痔の悪化など、アルトを受診される方も多くなってきています。

毎週木曜日に柏の葉の本院の外来に出ていますが、なんだか本院も最近、忙しくなってきています。

具合の悪い方は、是非、アルトへ! ・・・とお決まり文句はこの辺でさておき。😜

 

私的雑感第2回です。2回目を迎えられてよかったです。😳

今回はある本をご紹介しましょう。

一応、お題は、『人を許すこと』とでもしておきましょう。(あんまりお題は関係ありません。一応、です。)

あまり熱心ではないですが、私は常に何らかの本を読んでいます。雑誌などでも、モチロン医学書でもなく、いわゆる小説の類です。時間のある時にコソコソ、ノロノロ読み、読んでいる本がそろそろ読み終わる頃になると、次は何を読もうか、とソワソワ。次が決まらないうちに今読んでいる本をうっかり読み終えてしまうと、もう落ち着かない。Book Offに行きたい!という抑えきれない想い・・・。軽い読書中毒かもしれません。

カッコつけるわけではありませんが、毎回Book Offってことではなく、たまには本屋で新品で読みたい本を買ったりもしてますよ。🐶

普通の本屋というのは、なんだか夢があっていいですよね。新品の本がズラッと並べられていて、自分の知らない世界や感じたこともない感動を与えてくれる宝庫です。しかも古本屋との決定的な違いは、「客の購買欲の高揚を煽る巧妙さ」、これです。巧みにディスプレーされ、平置きしてあって、その帯のコピーに購買欲を刺激されたり、『今年の〇〇第1位‼感動の涙が止まらない‼』なんて小さな立て札が立ってたら、じゃあ読んでみるか?!っとおもってしまいます。

それに引き換え、古本屋は単なる本の山。みんなこちらに背を向けて色気なし・・・。でもしかし、楽しい本が100円で買える幸せ、というのがあるんです。今この世で、この国で、たった100円で、なにが手に入れられるでしょうか。例えばUFOキャッチャーなんて15秒程度で終了。しかも、何も取れず、何も残らない。しかし、古本は違う。たった100円で、読み終えるまでの何時間も未体験のワクワク冒険旅に連れ出してくれて、自分を夢中にさせてくれて、自分を成長させてくれたり、教育してくれたり、勇気づけてくれたり・・・。100円で得られる満足度としては究極に素晴らしいコスパであると思います。ケチ臭いですが、そんな古本屋も私にとって愛すべき存在ではあります。

前置きが長くなりましたが、そんな中で、今年4月末辺りに読んだ本で、すごい本やなー、と読了後に思わず呟いた本をご紹介したいと思います。

それが、これです。

まあ一度、読んでみてください。ノンフィクションです。泣けます。(´;ω;`)ウゥゥ

教誨師という存在は知っていましたが、それは死刑の際にだけ立ち会う宗教家、という認識しかなかったものですから、その実際を知ることができて非常にためになった作品です。

最近、実は映画化もされ、小さな映画館でコソッと上映されています。(ホントにコソッとなのでもう上映終了しているかも。)急逝された俳優、大杉漣さんの最後の主演映画としてもコソッと有名になり、私もコソッと鑑賞しました。主演の大杉漣さんの演技は素晴らしかったですが、映画自体の内容は、原作を”元に”映画化した・・・という感じで、映画よりもやっぱり原作、という映画化の評価では、よくあるパターンのそれでしたが・・・。💦 まぁ、私的雑感です。

原作は、拘置所に収監され、明日、自分は死ぬかもしれない、という極限の環境で一日一日を生きる死刑囚達と1人の教誨師との叙述です。死刑囚に対する考えは、一般に、「悪いやつ」「社会的に抹殺されるべき人間」「極悪非道」などという感じでしょう。しかし、これを読んで、その考えが少し変わり、人生観も少なからず変わったと思います。

生まれたときは、どんな人間も「オギャー」と丸裸で生まれます。しかし、その後の経過で、かたや、自分なりの幸せをみつけて一生を過ごせる人もいれば、もう一方で、死刑囚という人生を歩まざるを得ない人も確実にいるこの現実。

作中には何人かの死刑囚が登場するわけですが、読み進めると、悪い奴、や、極悪非道であるはずの死刑囚達の人間的な面が表れてきてなんだか切なくなるわけです。人は死刑を宣告されるために生まれてきたわけではない。当然、本人が犯した罪は許されるべきではないが、しかし、そんな罪を起こさせてしまうに至らしめたもの。つまり彼等自身にはコントロールできない環境であったり、境遇、それによる思想の偏りなど。それらにもたらされた彼等の不遇を思わずにはいられないのです。生まれた時から、俺は死刑囚になるぞ!と思う人はいないでしょう。

つまり、死刑囚も一被害者ではないか、という考えもあるのでは?と思うのです。繰り返しになりますが、死刑囚はその大罪を許されるべきものではありません。しかし、いろんな状況、感情、環境、関係・・・。色々が悪い方向に、悪い方向に重なって、そしてどうしようもなくなって、出口を探していたら、もうそうするしかなくなって・・・。加害者は当然悪いのですが、悪いことをするに至る状況に追い込まれてしまったことも、また、気の毒としか言いようがないと思うのです。例えば、アンパンを万引きした人がいたとする。悪いことをしたことは揺るがない事実であるが、その時、どうしようもない空腹にあって、どうしようもないから、目の前にあったそのアンパンを万引きをしてしまった、としたら、どうでしょう?被害者は当然、気の毒ですが、万引きをした加害者もまた別の意味で、気の毒、と思ってしまうのです。もちろんすべての犯罪に当てはまるわけではないとは思います。しかし、この作品を読んでからあとは、毎日の犯罪の報道を見聞きするたびに、被害者もさることながら、罪を犯さざるを得ない状況に追い込まれてしまったその人の思いも考えると、「つらかったろうな、味方おらんかったんやな、気の毒やな」と思ってしまうわけです。

国家は国民の基本的人権を尊重しておいて、国家権力で国民に強制的な死を強いるのか?という死刑制度の是非を個人的に論じるつもりはありませんし、この作品も死刑の是非論の類のものでは全くありません。しかし、現実として、この社会に死刑囚、とされる人がいる、という事実から、この作品は様々なことを考えさせてくれたと思います。

大変読みやすく、新書のようなお堅い感じではないので、是非、ご一読を。

人を許す、という、人として最も困難で、かつ尊い思慮を持てる一助なるかもしれない名著です。

 

院長